14歳に戻り、失踪した父に会う映画の中の子ども・家族Vol.72『遥かな町へ』文/水谷美紀

©︎2026 映画「遥かな町へ」BARCOS
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昭和38年の故郷にタイムスリップし、意識は48歳のまま14歳の体に戻った主人公。生まれ育った家に帰ってみると、そこには後に家族を捨てて失踪する父がいた──。『映画の中の子ども・家族』Vol.71は、父親との再会を通して人生の選択を問い直す『遥かな町へ』を紹介します。

 

谷口ジローの名作漫画を実写化!

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『神々の山嶺』『「坊ちゃん」の時代』『孤独のグルメ』など多くの名作漫画を描き、2017年に亡くなった谷口ジロー。海外でも高い評価を得ている谷口作品を実写化した本作は、谷口の故郷である鳥取県にある倉吉を舞台にした家族の物語だ。同名タイトルの原作はフランスのアングレーム国際漫画賞をはじめ、イタリア・ドイツなどで数々の漫画賞を受賞。2010年にはルクセンブルク・フランス・ドイツの合作で一度映画化されたが、このたび満を持して日本版が製作・公開された。

物語は現代の京都から始まる。48歳の建築デザイナー・中原博史は出張の帰り、電車を乗り間違えて故郷の倉吉に来てしまう。母の墓参り中、目眩に襲われた博史は気づくと昭和38年(1963年)にタイムスリップしており、意識は大人のまま14歳の自分に戻っていた。

夢だろうと思いつつ懐かしい我が家にたどり着いてみると、そこにはまだ若く元気な母と祖母、小学生の妹、そして4ヶ月後に失踪してしまう父・与志雄がいた。今の自分なら父を止められるかもしれない。二度目の少年時代を謳歌しながら、博史は大人の視線で父を監視し始める。幸せな家庭がありながら、父はなぜ自分たちを捨てようとするのか──?

人生の折り返し地点に来た男がタイムスリップをきっかけに、失踪した父の選択を見つめ直す本作は、昭和へのノスタルジーを楽しむ一方で、観終わったあとに観客自身も自分の過去と今、そして未来につい想いを馳せてしまう、人生の踊り場のような作品だ。

順調にキャリアを積み、家庭を築いてふたりの子を持つ48歳の博史。ちょうど父親と同じ年齢と立場である彼にとって、自分たちを捨てていった父親の心境はタイムスリップしても理解できない。それでも中身は48歳のまま二度目の14歳を送るうちに、父とある女性の関係や、両親の結婚のいきさつを知り、同世代の人間としての父に近づいていく。

改めて考える戦争の傷跡

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原作が発売された1998年当時、日本は現在より遥かに平和で豊かであり、人々にとって太平洋戦争は遠い昔の忘れ去られた出来事になっていた。だが戦争の脅威が再び身近になり、当時の振り返りが盛んになっている今、改めて本作と向き合ってみると、そこに描かれていたのは身勝手な男の不可解な行動だけではなく、兵士として戦った過去をもつ一人の男の戦後でもあった。

地獄のような戦線を生き延び、死んだ戦友の妻だった母・和江と結婚した父。流されるまま生きてきた父が、ふと立ち止まるきっかけになった不幸な幼なじみも、やはり戦争の犠牲者だった。近年、塚本晋也監督の『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』(2026)などでも描かれ関心が高まっているが、復員兵が負った心の傷や、その後の人生に与えた影響は計り知れない。

本作は昭和を描いた家族の物語として十分に魅力的だが、同時に戦争文学・戦争映画の文脈からも慎重に観ることができる。急速に社会が発展し、目まぐるしく進歩した高度経済成長期、与志雄のように失踪する人は爆発的に増え、社会現象にまでなった(1960年には約1万人、1967年には約万8千人超が失踪している)。「蒸発」という言葉が一般化したのもこの頃だという。もちろん失踪者のすべてが復員兵ではないし、戦争体験が与志雄を失踪に駆り立てたとも断言できない。だが、このような当時の社会的背景を知ることは本作を別の角度から読み解く大きな一助になるだろう。本作の舞台である1963年は、敗戦からまだ18年しか経っていなかったのだ。

原作への敬意と郷土愛が結実

©︎2026 映画「遥かな町へ」BARCOS

ノスタルジーとミステリーが交錯する見事な原作をほぼそのまま再現した映画は、当時からほとんど変わらず残っていた倉吉の見事なロケーションも手伝って、まとまりよく完成している。

大人の博史役にはドラマ・映画と幅広く活躍している大谷亮平。父・与志雄には滝藤賢一、母・和江役には戸田菜穂と、両親役には実力のあるベテラン俳優を起用。ふたりとも漫画とは幾分イメージが異なるが、特に戸田菜穂の安定した演技力と存在感は大きな要となって本作の魅力を底上げしている。

少年時代の博史役にはドラマ『クラスメイトの女子、全員好きでした』で天パ頭のユーモラスな中学生を演じ、一気に注目された15歳の及川桃利。本作では内省的な演技も見せつつ持ち前のとぼけた魅力も発揮されており「中身はオヤジの中学生」をフレッシュに好演している。そんな博史と親しくなるクラスのマドンナ的な存在の長瀬智子役には子役からキャリアを重ねてきた磯谷萌々子。

監督には隣りの島根県出身である錦織良成(『わさお』『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』)。地元企業である株式会社バルコスがスポンサーとなり、故郷を愛する倉吉の人々の全面協力のもと撮影された。

大手映画会社を中心とした製作が頓挫し、映画化の望みは潰えたと思われていたが、長い時を経て最終的には倉吉や島根にゆかりのある人々が中心となって実現させた。何よりもまずはそのことを長年の谷口ファンとして嬉しく思うし、「映画で町おこし」の理想的なひとつの形であるといえよう。

<作品情報>
遥かな町へ

全国公開中
出演:大谷亮平 及川桃利 磯谷萌々子 戸田菜穂 滝藤賢一
脚本・監督:錦織良成
原作:谷口ジロー
音楽:瀬川英史
エグゼクティブプロデューサー:山本敬
企画プロデュース:結城豊弘(ANOSA) プロデューサー:安川唯史
制作:goen 製作:BARCOS
配給・宣伝:ムービー・アクト・プロジェクト
配給協力:渋谷プロダクション

2026年/日本/カラー/シネマスコープ/126分/PG-12

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