亡き息子そっくりのヒューマノイド映画の中の子ども・家族 Vol.66『箱の中の羊』/文・水谷美紀

©2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
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7歳で死んだ息子そっくりのヒューマノイドを迎え入れた夫婦。手放しで喜び存在を受け入れる妻と、違和感を覚えて距離をとる夫。だがともに暮らすうちに──。『映画の中の子ども・家族』Vol.66は子を亡くした夫婦とヒューマノイドを描いた是枝裕和監督の新作『箱の中の羊』を紹介します。

生成AIを搭載した〈彼〉との新生活

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カンヌ国際映画祭を中心に多くの賞を獲得し、現代日本を代表する人気監督となった是枝裕和。さまざまな人や家族を描き、常に大きな注目を集める監督の最新作は、息子を亡くした夫婦と息子そっくりのヒューマノイドの物語だ。

舞台は少し未来の日本。2年前に息子の翔(かける)を亡くした建築家の音々(おとね)と工務店の二代目社長である健介の甲本夫妻は、ヒューマノイドのレンタルサービスをおこなっている会社と出会い、翔そっくりの〈彼〉を迎え入れる。

「おかえり、翔」と喜び、強い愛情を注ぐ音々に対し、抵抗を感じて父と呼ばせない健介。ところが月日の経過とともに、夫婦の心境は逆転していく。そっくりであるがゆえに生前の翔とのギャップに耐えられなくなる音々に対し、距離をとっていた健介はゆるやかに〈彼〉を受け入れていく。

甲本家の息子として暮らしつつ、〈彼〉は他のヒューマノイドともつながっていく。やがてある出来事をきっかけに、音々と健介は互いに言えずにいた翔の死に対する感情を初めてさらけ出す。ようやく息子の死を受容しかけた二人を前に、〈彼〉はヒューマノイドの子ども達とともに進めていた“計画”を実行する。

グリーフケアか、代替か

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古くはS.スピルバーグ監督の『A.I.』(2001)、近年では本連載でも取り上げた『アフター・ヤン』(2021)など、ヒューマノイド(アンドロイド)と人間の共生を描いた作品は、これまでにもたくさん作られてきた。本作もそれに連なる“ヒューマノイドもの”だが、同時に是枝監督が繰り返し描いてきた親と子の関係や、寄る辺ない立場に置かれた子どもを描いた作品でもある。

近年の飛躍的なAI技術の進化によって、ヒューマノイドが人間の家族に加わる日は、そう遠くないかもしれない。だがそうなった時、人はヒューマノイドと本当に家族になれるのか。ヒューマノイドがどんなキャラクターであれ、最後まで関係を維持できるのか……

人とヒューマノイドを、そして、子どもの幸せが最優先である養子や里子とグリーフケアのためのサービスを同一線上で語ることはできないが、特別養子縁組や里親とそこに関わる人々を紹介している弊メディアにとって、喜んで迎え入れたものの想定と違ったと戸惑う主人公夫婦や、望まれて行ったはずなのに捨てられてしまうヒューマノイド達の姿は想定外に既視感のあるものだった。

ヒューマノイドのレンタル会社はグリーフケアを謳っているが、主人公の音々にとって翔そっくりのヒューマノイドは生き返った息子であり、代替的な存在だ。〈彼〉はもちろん本物の翔でなく、人間ですらない。だが、〈彼〉単体の存在を最初から認めていない音々にとって、わずかでも翔と違うところのあるヒューマノイドを息子のように愛することは難しい。人間の養子である次男と円満に関係を築いている妹の亜利寿とは対照的だ。人間の養子縁組と違い「キャンペーンにつき無償レンタル」「気に入らなかったらいつでも契約終了」という、まるで家電製品のようなレンタル会社のシステムも、この先の展開を暗示している。

綾瀬はるか×大悟(千鳥)が夫婦役

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高性能な生成AIを搭載している〈彼〉は、自分が音々に愛されていないことを早々に察知する。それでも積み重なる月日は、〈彼〉のなかに新しい家族の思い出や記憶を蓄積していく。だが、そんな育ちつつある関係も音々には届かない。ヒューマノイドに感情はなく、あるとしたらそれは自分の感情だ、という医師のセリフがあるが、音々に冷たくされたとき、我々は〈彼〉のわずかにぎこちなくなる表情のなかに、かつて自分が経験した悲しみや痛みを見出さずにいられない。

やがて訪れる〈彼〉の旅立ちを、音々と健介は当たり前の親離れであり、卒業だと楽観的に結論づけるが、残酷に扱われ捨てられていたヒューマノイドの少女や、親からの虐待を受けていた人間の少年とともに去って行く〈彼〉の姿に、大人のエゴと、その犠牲になった子どもの悲哀を読み取ろうとするのは穿ち過ぎだろうか。

ヒロインの音々役には『海街ダイアリー』(2015)以来の是枝作品となる綾瀬はるか。前作と同じく実母を嫌う長女役だが、今回は最愛の子を亡くし、ヒューマノイドを迎え入れる母親でもあるという複雑な役を情緒豊かに演じている。

音々の夫・健介には千鳥の大悟。個性となっている方言を駆使し、人間味のあるキャラクターを好演している。ヒューマノイド翔役には、200名以上のオーディションによって選ばれた、映画初出演の桒木里夢(くわきりむ)。ほか、清野菜名、寛一郎、柊木陽太、角田晃広、野呂佳代、星野真里、中島歩、余貴美子、田中泯と、実力派の人気俳優が脇を固める。出番は少ないが、呉美保監督の『ふつうの子ども』(2025)で、幼いながら強烈な存在感を発揮した嶋田鉄太の出演も見逃せない。音楽は幅広いジャンルで活躍し、次の是枝作品『ルックバック』も担当している坂東祐大。

タイトルの『箱の中の羊』は、サン=テグジュペリの名作『星の王子さま』の一節から着想されたという。王子さまに羊を描いてとねだられた飛行士が穴の空いた箱を描き「欲しい羊は、この箱の中にいるよ」と言って渡したというエピソードだ。羊は何を意味しているのか。それはどんな羊なのか。今回もさまざまな感想と議論を呼ぶ話題作になりそうだ。

<作品情報>
『箱の中の羊』
5月29日(金)全国ロードショー

©2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
映時間:126分
■出演:綾瀬はるか 大悟(千鳥)
桒木里夢 清野菜名 寛一郎
柊木陽太 角田晃広 野呂佳代  星野真里 中島歩
余貴美子 田中泯
■監督・脚本・編集: 是枝裕和
■音楽:坂東祐大
■製作: フジテレビジョン ギャガ 東宝  AOI Pro.
■制作プロダクション:AOI Pro.
■配給:東宝 ギャガ

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