- 2025年08月29日
- _レビュー
少年と風変わりな大人たちの夏映画の中の子ども・家族Vol.56『海辺へ行く道』 文/水谷美紀

海辺の町で暮らす美術好きな中学生と、秘密や嘘を抱えた風変わりな大人たち。『映画の中の子ども・家族』Vol.56は少年と周囲の人々のひと夏を独特のユーモアで包んだアートフルコメディ『海辺へ行く道』を紹介します。
三好銀の名作コミックスを実写化

©2025 映画「海辺へ行く道」製作委員会 配給:東京テアトル、ヨアケ
2016年に61歳で世を去った孤高の漫画家、三好銀。彼が晩年に発表した『海辺へ行く道』シリーズ(KADOKAWA)は、ファンタジックでシュールな世界観が今も多くの漫画好きを虜にしている。そんな知る人ぞ知る名作を『ウルトラミラクルラブストーリー』(2009)『俳優 亀岡拓次』(2016)『いとみち』(2021)などで知られる横浜聡子が映画化。ユニークな表現力が持ち味の監督によって陽性の魅力が加味され、漫画への敬意と愛を感じさせる独自の作品に仕上がった。
舞台はアーティスト移住支援をうたう海辺の町。主人公は美術部員でものづくりが大好きな中学生の南奏介。飄々と好きなことに打ち込んでいる奏介は、夏休みも演劇部や新聞部の友人にさまざまなことを頼まれ、取材や作品制作に大忙しだ。映画はそんな奏介たち子どもと町に住む大人たちのひと夏を、オムニバス形式で描いている。
毎日が新鮮な子どもと、秘密と嘘だらけの大人

©2025 映画「海辺へ行く道」製作委員会 配給:東京テアトル、ヨアケ
町に住んでいる大人はみな一風変わった人々だ。怪しい商売をしに来た流れ者と美しい恋人、夏だけお弁当を売るミステリアスな中年女性、そのお弁当を海から買いに来て海に帰っていく同級生の男、偽名を使って移住してきた訳ありアーティストetc. そんな大人のひとりである美術関係者のA氏に腕を見込まれた奏介は、江戸時代の書物に描かれた人魚そっくりの像をつくる仕事を依頼される。一方。美大を目指す先輩テルオは、親しくなった老婆のために、亡くなった夫そっくりのマスクを制作するが、それが思わぬ騒動を引き起こす。
撮影は小豆島でオールロケを敢行。美しい海と陽光にあふれた小豆島特有の風景と、月永雄太(撮影)・後閑健太(照明)によるどこかおとぎ話のような鮮やかな映像も魅力的だ。海辺の町で暮らす人々をユーモラスに描いた作品というと、1991年アカデミー外国語賞受賞作『エーゲ海の天使』という作品が想起される。ギリシャの孤島に派遣されたイタリア兵士8名の、戦時中とは思えぬ牧歌的な日々を優しい眼差しで描いた名作だが、本作も同様に、シュールなユーモアの中に他者への寛容をしのばせた人間賛歌といえるだろう。
ベルリン映画祭ジェネレーション部門受賞

©2025 映画「海辺へ行く道」製作委員会 配給:東京テアトル、ヨアケ
主人公の奏介役には、約800人のオーディションで選ばれた注目の15歳、原田琥之佑を起用。気負いのない演技で作品全体に居心地の良い風を吹かせてくれている。ほかにも後輩・立花役に中須翔真、先輩役に蒼井旬、その妹役に新津ちせ 、平井役に山﨑七海と、今後の成長が楽しみな10代の実力派俳優が多数出演している点にも注目したい。
風変わりな大人たちには横浜作品の常連である麻生久美子をはじめ、高良健吾、唐田えりか、剛力彩芽、菅原小春、諏訪敦彦、村上淳、宮藤官九郎、坂井真紀らが出演。個性の強い役者陣を配しながらもやり過ぎにならない絶妙な匙加減の演出によって、自然でやわらかなユーモアが生まれている。なお本作は2025年開催の第75回ベルリン映画祭において、子どもを主人公にした作品を対象にしたジェネレーションKplus部門でスペシャルメンション(特別表彰)を獲得している。
小さな冒険に満ちた中学生の夏休みと、秘密と嘘にまみれた大人たちの夏。観終わってみると、まだまだ奏介の毎日を見ていたいような、自分もあの町に移住して暮らしたいような、不思議な愛着が湧いてくる。映画から入った人はぜひ原作も手にとって、双方の世界を存分に楽しんでもらいたい。
<作品情報>
8 月 29 日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、 新宿ピカデリーほか全国ロードショー
原作:三好銀「海辺へ行く道」シリーズ (ビームコミックス/KADOKAWA 刊)
監督・脚本:横浜聡子
出演:原田琥之佑 麻生久美子 高良健吾 唐田えりか 剛力彩芽 菅原小春 蒼井旬 中須翔真 山﨑七海 新津ちせ
諏訪敦彦 村上淳 宮藤官九郎 坂井真紀
製作:映画「海辺へ行く道」製作委員会 配給:東京テアトル、ヨアケ
公式サイト https://umibe-movie.jp/