母というカルト、家族というホラー~映画『ヘレディタリー 継承』~

エンライト編集部の映画好きカウンセラー、高橋ライチです。映画や書籍を紹介しつつ、ごく個人的な『家族』にまつわる想いを書いています。作品の批評が目的ではなく、読んでくださる方が、それぞれの家族観について考えるきっかけになればと思います。よろしければエンライトSNSまでご感想などお寄せください。
Facebook
Twitter

家族の歪みをあぶりだすホラー

普段、私はホラー映画を好んでは観ないのですが、この映画は信頼できる映画マニアの社会福祉士S氏より激推しされました。
「絶対ライチさん好きだと思う。ソーシャルワーカーはみんな観た方がいい。ホラーとして売り出したのが不思議なくらい、家族の連鎖とかそういうことを描いた作品だった」

そこまで言われたら、『家族もの』好きとしては観ておこう、と出かけました。結果、映画館の最前列シートで何度かS氏を恨むことになりました。ええ、大変怖かったです。油断していましたが、きっちりホラー映画でした。

きっちり怖いホラー映画ではあるものの、確かに、多くの家族で起きているであろう、家族だからこそ起きる普遍的な歪みがこそこれでもかとあぶりだされていきます。

語る・作る ~苦しみを表現する方法

支配的な母親エレンの元で育った娘アニーは、母の葬式で「私はもっと悲しむべき?」と夫に訊くほど、複雑な居心地の悪さの中にいます。失った人を悼むためのセラピーに出かけていき、なんとか感情を表現しようとするけれど、とても出し切れない、その葛藤の様子がとてつもなくリアルです。

憎しみの対象でもあり、愛情や執着もある母親。支配から逃れようともがき、必死で自分の人生を構築しようとしたけれど、また侵食されて……、という攻防を重ねてきたその相手が亡くなってしまった。それは、決して解放ではないのだと観る側は思い知らされます。

アニーの様子から、DVや虐待を逃れた、あるいは保護された人の心に起きることへの想像力も補ってくれると感じました。加害を取り除くだけでは、全然ケアが足りない。アニーはジオラマ作家として個展を開くほどの才能を持っていますが、その作品づくりは彼女にとってのセラピーでもあるようです。

母の支配に振り回されてきた人生を取り返すように、自分自身の設計でつくり上げることができるジオラマの世界。母の葬式や、子どもが遭遇した事故の様子までもがミニチュアの人物、建物で詳細に再現されていきます。

映画の中でただ一人血縁ではない家族、アニーの夫スティーブは、そんな妻になんとか寄り添おうとしますが、次第にアニーを蝕む狂気に触れ、心を通わせることができなくなっていきます。父親として子どもたちを守ろうとしますがこの「家系」という強い力に弾き飛ばされ、破綻を止めることは叶いません。このあたりも、現実の親子間と夫婦間でも起きている、強固な団結と排他の構造を見せつけてきます。そしてドラマは壮絶な破綻へ。

絶望と希望、どちらを継承するのか

映画のタイトルになっている『継承』は、オカルト的にいえば「呪いが継承されていく」といえますが、それだけでなく、血筋、遺伝、習慣、価値観、信仰、才能といったものが、善悪や正誤などのジャッジや意図や意思が及ばずに受け継がれていってしまう様を描いています。継承されていくこと自体は呪いでもあり、祝福でもある、と私は考えています。

家族とはある意味カルト教団のような側面もあり、そこで育つ子どもたちはある年齢まではあらゆることを「そういうもの」と教えられた見方でとらえようとします。

しかし、思春期ころには教えられたものに疑問を覚え、ときに反発し、他者の価値観を取り入れながら新たな自分軸を構築していくのが健全な発達です。様々な価値観の個人が尊重され、さまざまな文化が交流している社会には、『脱洗脳』のチャンスがたくさんあることでしょう。

家族が母子や家族単位で孤立することなく、複数の大人との関わりの中で複数の子どもたちが育まれていくことをどう実現するか。呪われたアニーの一家に学ぶことは絶望ではなく、人を『洗脳』から救う可能性なのではないかと私は思うのです。

(作品情報)
監督・脚本 アリ・アスター
2018年 アメリカ
公式サイト http://hereditary-movie.jp/
上映中

(商品情報)
4/10(水)TSUTAYA先行レンタル開始
4/19(金)Blu-ray & DVD 発売
http://www.tc-ent.co.jp/products/detail/TCBD-0844
© 2018 Hereditary Film Productions, LLC
text/高橋ライチ