どこよりも自分らしく居ていい場所~映画『おいしい家族』~

©︎2019「おいしい家族」製作委員会
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エンライト編集部の映画好きカウンセラー、高橋ライチです。映画や書籍を紹介しつつ、ごく個人的な「家族」にまつわる想いを書いています。作品の批評が目的ではなく、読んでくださる方が、それぞれの家族観について考えるきっかけになればと思います。よろしければエンライトSNSまでご感想などお寄せください。
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☆ふくだももこ監督ご登壇決定!⇒第2回エンライト・ミーティング

父は言った「それでいいんだよ、生きてれば」

仕事も、結婚もうまくいっていない主人公・橙花が、母の3回忌に帰郷すると父は、母の服を着て出迎えた。

「母さんって呼んでもいいぞ」

いやいやいやいや、ちょっと待ってよ! 娘は混乱する。

ていうかなんで誰も突っ込まないの???
父の変化を受け入れられない橙花は、ひとり悶絶する。

映画『おいしい家族』は出だしからファンキーだ。うまくいっていない結婚を描くのも、美しい色彩の料理だったり、音楽だったりで軽やかに物語が進む。傍観する私たちは、心地よくその「一風変わっているものの、美しく楽し気な世界」に身をゆだねるうちに、物語に引き込まれていく。

©︎2019「おいしい家族」製作委員会

ふくだももこ監督は「ユートピアを描きたかった」とパンフレットやHPやインタビューで語っている。

ユートピアとはなんだろう?
笑顔の人々、美しい自然、おいしいもの。

同様な要素を備えるTVの旅番組になくて、この映画にあるのは、「どうはみ出しても、誰の期待から外れてもOKだよ、それがあなたなのであれば」という圧倒的な受容だ。

亡き妻の服を着て、新しい家族(島に流れ着いたシングルファザーと高校生の娘)のために料理の腕をふるう父。自分の実家の筈なのに、知らない父子がリラックスして過ごす姿に居心地の悪さを感じる橙花。私の居場所はどこにあるの?

父は家庭だけでなく、職業人としても、優しく頼りになる父のままだ。学校の門の前に立ち、生徒に挨拶し、保護者に「何かあったら言ってくださいね」と応援のメッセージを送る校長先生として変わらずそこに居る。変わったのは妻のワンピースをまといながら、という点だけ。

職員も生徒も、校長先生のそのいでたちに特に異論はないらしい。橙花がひそかに期待(?)していた、法事で集まった親戚でさえ、誰も父の服装も、見知らぬ父子と「結婚」することすらとがめない。この違和感、私のほうがおかしいの? 苛立つ穂香。

観る者は主人公とともにまるで夢の中のような独特の不条理な世界に迷い込んでいく。

夢の中は、普段自分を縛っているルールが通用しない世界だ。ということは、私も自由になっていいの?
それぞれがのびのびと自由に生きる島の人々の中で、主人公・穂香は戸惑いながらも徐々に癒されていく。周りの「ちゃんとしてなさ」を批判していた立場から、ふと自分自身のうまくいっていないことを父に打ち明ける。父の答は、「それでいいんだよ、生きてれば」。

最愛の妻を亡くして3年の、父の言葉である。

ユートピアを後にして

この映画で繰り返される印象的なシーンがある。とにかく橙花がずぶ濡れになるのだ。

飲んでいる酒に始まり、海水、雨、水……、しかしずぶ濡れになっても、また次のシーンでは同じ服で乾いて歩いている。この繰り返しは地味に地味に私を元気づけてくれた。濡れることぐらい恐れず進め。そのうち乾くから。

そしてもうひとつ繰り返されるのは、タイトルにもある通りの食事シーンだ。おいしいものを、嬉しそうに、おいしそうに、懐かしそうに、またはイライラして囲む家族。日々繰り返される当たり前で特別な食事。命を育み、心をゆるめる食事をみんなで囲むということが、橙花を新しい家族の風景に再統合していく。今は亡き母は、おはぎの中に、すきやきの中に、居る。

©︎2019「おいしい家族」製作委員会

この家族は、失ったものを抱えた人々の集まりでもある。なくしたものを悼みながら、おいしいものを囲む。生きているものは食べるのだ。

家族だからなおさら、こうあって欲しいという期待があり、変化することへの抵抗や不安があるのかもしれない。新たな家族を迎えること、服装や習慣が変わっていくこと。けれど、人は変化し成長していく。家族だからこそ、その変化を受け入れて欲しい、わかって欲しい、応援して欲しいとも願うものだ。橙花の一風変わってみえる体験は、私たちの体験と実はどこか重なっている。

ユートピアで癒された主人公は、「そこで幸せに暮らしましたとさ」ではなく、自分の生活の本拠・東京に戻るのだが、世界は地味に違ってみえる。地味にがポイント。そこにむしろ希望が持てる。

ユートピアとは、人を育み癒すけれど、送り出す機能もついていた。さあもう大丈夫。

夢から醒めた現実の中に、こちらの世界に、私たちの居場所は、ある。そして食事を囲む人どうしを、「それでいいんだよ」と受け入れあう時、ユートピアは現実になるのかもしれない。そこは、どこよりも自分らしく居ていい場所だ。

©︎2019「おいしい家族」製作委員会

(作品情報)
『おいしい家族』 公式サイト https://oishii-movie.jp/
監督・脚本 ふくだももこ
音楽    本多俊之
出演    松本穂香 板尾創路 浜野謙太 他
配給    日活株式会社
上映    全国公開中

ふくだももこ監督のインタビューはこちら

text/高橋ライチ