壊れゆく家族を静かに見つめる、14歳の少年と両親の物語映画レビュー『ワイルドライフ』

©2018 WILDLIFE 2016,LLC.
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父の失職が、幸せだった日々を変えていく

愛し合っていた両親の関係が、目の前でバラバラになっていく。『ワイルドライフ』は、変遷していく家族の姿を見つめる少年と、それぞれの成長を描いた作品だ。

空想の女の子が現実になって現れ、スランプ中の小説家と恋に落ちる異色のファンタジー『ルビー・スパークス』(2012)などで日本にもファンの多い俳優ポール・ダノの初監督作品である本作は、『ルビー〜』の脚本家であり、彼の私生活のパートナーでもあるゾーイ・カザン(『エデンの東』などで知られる監督エリア・カザンの孫)とタッグを組んだ、ある家族の物語。

繊細な描写の積み重ねによって、登場人物それぞれが抱える悲しみや苦しみ、孤独や切なさが静かに沁み入り、深い余韻を残す良作に仕上がっている。

舞台は1960年代のアメリカ・モンタナ州の田舎町。仕事を転々とし、ようやくこの地に腰を落ち着けたジュリーと妻ジャネット、そして14歳になるひとり息子のジョー。裕福ではないけれど、家庭は笑いにあふれ、両親は愛し合っており、ジョーもそんな二人を嬉しく思っている。

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けれども、平和で幸せだった家族の日々は、ジュリーが職場を解雇されたことで、ガラリと変わってしまう。

次の就職先が決まらず精神的に追い込まれていくジュリーと、妥協できない夫に対し苛立ちを募らせていくジャネット。やがてジャネットは家計を助けるために働きに出るようになり、ジョーも写真館でのアルバイトを始める。あとはジュリーの就職が決まるだけ。そうすれば家族は元の平安を取り戻すはず……。

ところが、ジュリーが山火事を鎮火する出稼ぎ仕事を選んだことによって、夫婦の関係は危機を迎える。そんなジュリーを演じるのは、『ブロークバックマウンテン』や『ノクターナル・アニマルズ』などに出演し、多くの実力派監督に支持されているジェイク・ギレンホール。妻や息子を愛しているが人生をうまく乗りこなせない父親の苦しみを、抑えた演技で切実に表現している。

夫の長い不在によって、孤独と不信を募らせたジャネットは、やがて勤務先の社長である裕福なミラーからの誘惑に、進んで乗っていく。その姿は決して享楽的ではなく、今この苦しみや悲しみから逃れられるなら何でもする、とばかりに細いロープにすがろうとする、痛々しい少女のようだ。そしてそんな母親に対し、わずか14歳の息子は、何もしてあげることができない。

関係は変わっても、家族であることは変わらない

思春期の息子の前で、最初は遠慮気味に、やがては開き直って女の顔を見せ始めるジャネット。この作品におけるキャリー・マリガンの演技は“キャリア最高”と評されているが、特にこのシーンは必見だ。

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肌を露出させたドレスをまとい、赤い口紅をつけ、媚を売って父親以外の男に身を任せる姿をジョーに見せつける。自分を保てる方法が他にあったら教えて欲しいと息子に訴えるジャネットに、観客はジョーと同じ無力感を味わうだろう。母に対する嫌悪や怒りを上回る、切なさや哀しみ、そして切り捨てられない愛情……。

もともとキャリー・マリガンは人間が持つ多面性を繊細に演じることに長けた女優だが、ジャネットのコケティッシュでありながら絶望的に傷ついた姿は、まさに出色の演技といえよう。

一方、ジョーを演じたエド・オクセンボールドも、難しい役を控え目ながら強い存在感で演じ切っていた。他の男に身を任せる母親を前に、混乱しながらも感情を抑え、不安に耐えながら父親の帰宅待つジョーの姿は、どこか殉教的ですらある。両親に問題が起こったとき、子どもが時に明るく、時に物分かり良く淡々と振る舞うのは、平静を保つ(ふりをする)ことで、家族だけでなく自分自身のことも守っているのかもしれない。

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感情に身を任せてしまったら、それは現実を認めたことになり、2度と家族が元に戻れなくなってしまう。限りなく自分を律し、成り行きを見守るジョーの姿からは、家族が元通りになることを必死で願う、祈りにも似た一途な想いが見てとれる。

ジュリーの帰宅によって事態は急展開し、物語は一気に結末を迎える。ラスト、アルバイト先の写真館で家族写真の撮影を提案するジョーと、それに応じるジュリーとジャネット。そこには厳しい日々を乗り越えて、それぞれに成長した3人の姿があった。夫婦関係は壊れても、家族の絆は残された。久しぶりに再会した3人の笑顔が、それを物語っている。

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子どもに対し、父と母の顔だけを見せて円満に家族を全うできる夫婦もいれば、道半ばで離別していく夫婦もいる。男と女の醜い部分まで息子の前にさらけ出してもがいたジュリーとジャネットと、そんな二人を受け止めたジョー。たとえ幼くても、子と親は家族という仕組みのなかで対等なメンバーであることを改めて気づかせてくれる。

(作品情報)
ワイルドライフ
配給:キノフィルムズ
©2018 WILDLIFE 2016,LLC.
公式HP:http://wildlife-movie.jp/

原作について

恋しくてーTEN SELECTION LOVE STORIES 村上春樹/編
778円 中公文庫

静謐な中に哀しみと愛をにじませたこの映画は、原作者であるリチャード・フォードから直々に、「原作にこだわらなくていい」とお墨付きをもらって製作されたのだとか。そのため、原作と異なる箇所もあるようだが、この質の高さは間違いなく原作あってのこと。

残念ながら現時点で邦訳版は出ていないが、リチャード・フォードの短編は何作か、日本語でも読むことができる。 夫以外の男性と逢瀬を重ねる女性の恋の終わりを、相手の男性側から描いた名作『モントリオールの恋人』は、村上春樹が編者をつとめた恋愛小説のアンソロジー『恋しくて』に収められており、フォードの作品の中でも比較的手に入りやすい。テーマは本作とは異なるが、大人の心を豊かな視点で深く洞察した作風の一端をうかがい知ることができる。

1944年生まれのリチャード・フォードは本国アメリカでは安定した人気を誇る作家だ。日本にも根強いファンの多い故レイモンド・カーヴァーの親友であったことでも知られている。

文・水谷美紀