バースマザーから、バースマザーの支援者へ講演「産婦人科のための危機的妊娠の相談・支援と養子縁組」

アメリカ・コロラド州から来日したカウンセラー、バベット・ロメロミラーさんの講演が2019年1月13日東京で開催されました。バベットさんは15歳で妊娠しお子さんを特別養子縁組に託した経験を持ち、現在は思いがけない妊娠に直面した女性のためのカウンセリングをなさっています。編集部・高橋ライチがリポートします。

日本とアメリカの養子縁組制度の違い

この講演の参加対象は産婦人科・助産、児童相談所等の妊娠相談支援に関連する医療者ないし行政職員およびメディアということで、会場は熱心にメモを取る専門職の方々の姿が見られました。

講演に先立って、全国養子縁組団体協議会代表で静岡大学教授の白井千晶先生から、日本とアメリカの養子縁組の制度や現状の違いなどの概要説明がありました。

日本では特別養子縁組できるのは6歳までと年齢要件があり、現在はこれを見直そうという議論があります。また、日本では半年間子育てをした後裁判所に申し立てをし、生みの親にヒアリングをして審判を待つ、という手順ですが、アメリカでは子どもの後見人が手続きを行うこともできるなど(州によって異なります)、日本とは制度が異なるようです。

また、アメリカでは「赤ちゃん避難所法」という法律が全州にあって、生後72時間以内に匿名で赤ちゃんを託すことができるそうです。生後4週間以内の新生児が特別養子縁組される件数は全体で年間13,000件ほど。日本の約500件という数字とは大きく異なります。

15歳で出産、ジレンマの果てに

バベットさんは講演の前半、ご自身の体験を語ってくださいました。なかなか普段聞くことのできない当事者の生の声であり、さらに支援者となってからの知識と経験に基づく「本当に必要な支援とは何か?」を考えさせられる貴重なお話でした。
15歳、バベットさんは高校生の時に妊娠をします。当時親と十分にコミュニケーションがとれず、選択肢が見えないまま出産。アメリカでは若年妊娠に関して政府の支援があり、学業を継続しながら出産育児をすることができます。

しかし、バベットさんはその仕組みについて、「何のスキルもなく、心の準備もなく、経済的な基盤もないまま壊れたシステムの中で葛藤していた」と語ります。若くして母となった少女には、もっと寄り添う支援が必要だったのです。母親のすねをかじりながらもその母親と育児をめぐるジレンマの中、育児と学業を両立させるバベットさんのストレスは高じていき、新たな異性に精神的な支えを求めるようになります。

やがて妊娠したことがわかると、恋人はバベットさんの元を去ります。将来の展望も見えないまま、第二子を育てることに限界を感じて、養子縁組を検討してようやくカウンセラーとつながることができました。お腹の子を養親に託す決意をしますが、それに反対した母親からバベットさんは勘当されてしまいます。

「人生を本に例えるならば、このいきさつを記した章は、今後見返さない」というほど苦悩の日々でしたが、養子縁組の話を進め、養親となるご夫婦との交流が始まりました。そして驚いたそうです。

「赤ちゃんのことはもとより、生母である私にも優しく気遣いしてくれる、こんな素敵な人たちがいるなんて。こんなロールモデルが私の身近にも居てくれたら良かったのに」と離婚家庭に育った自分や母親のことを思ったそうです。

6週間のあいだ、養親との交流をし、やがて第二子の出産を迎えました。病院ではなるべくスタッフではなく自分か養親が赤ちゃんのお世話をすることを希望し、大切に赤ちゃんとの時間を過ごしました。

赤ちゃんを迎えた喜び、そして送り出す悲しみ。その両方味わったバベットさん。その時間があったからこそ、「これからはよりよい人生を送りたい!」と決意し、高校を出て働きながら大学にも通い、第一子を育てていました。

レイプによる予期しない妊娠

そうしたなか、バベットさんは知人にレイプをされるという事態に巻き込まれます。事件のショックから鬱状態に陥り、ロボットのように仕事と育児と学業をなんとかこなしていたバベットさんは、やがて妊娠を知ることになります。

苦しみの中、第二子の養子縁組で関わったカウンセラーとなんとかつながったものの、「今回はオープンアドプション(子どもとその後も交流が続く養子縁組)はありえないから、私に勧めないで」とバベットさんは望みました。養子縁組後も赤ちゃんとの交流を続けていたら、その都度忌まわしい事件を思い出してしまう。

人種も違う男性であったので、赤ちゃんの存在がレイプのトラウマを想起させることを恐れ、なるべく絆を作らないように妊娠期間を過ごそうとしていました。出産は病院スタッフの立ち会いのみで速やかに施設へと赤ちゃんを保護してほしいと意思を伝えました。

産後の入院中、そんなバベットさんの想いを知らぬ看護師が病室に入ってきて言いました。

「あなたの赤ちゃん、まるで天使みたいよ。新生児室で話題になってるの、きっと世界を変えてくれる子だって」

バベットさんはそれを聞いて、とにかく看護師に黙って欲しい一心で、会いたくもない赤ちゃんを「じゃあここに連れてきて」と言いました。早くこの状況から解放されたい。私はなんの落ち度もなく法も犯していないのに、こんな目に遭っている……。

看護師が赤ちゃんを連れてきました。
そこに居たのは、ただただ、かわいい赤ちゃんだったそうです。

黒くもなく白くもなく、悪魔でもなく「レイプ」でもなく、それは、本当に、ただのかわいい赤ちゃんという存在でした。

我が子への愛が芽生えて

バベットさんは、どうしてこの子に愛情をかけて妊娠期間からこれまで過ごしてこなかったのかと悔やみ、残りの時間を、祈り、歌い、愛を囁き過ごしました。この時間が魂の中に残るように。

カウンセラーが10時間後にやってきて、「どうしたい?」と訊きました。やはり子育てしながら仕事と学業を続ける身でこの子を連れ帰ることはできない。けれども愛が芽生え、もう少し時間が欲しい、事件の傷から癒え、将来を計画する時間が欲しい、と答えました。

第三子は養子縁組まで赤ちゃんを預かる民間ボランティアに託されました。退院後、バベットさんは毎日面会に行き、沐浴や授乳をすることができました。そして、彼女が最もよいと思う養親のもとに養子縁組で託すことができました。

養子縁組された第二子は現在ネブラスカで養親の仕事を継いでいます。第三子はハリウッドでアクター、ミュージシャンとして活躍しています。養親と、生母であるバベットさんはお互いを支援しあい、子どもの最善を議論しあい、節目を共に祝ってきたそうです。

現在バベットさんは、夫と4人の子どもたちと暮らしています。それ以前に生まれた3人の子どもたちと、養親も含めた全体が拡大家族である、と彼女は語ります。子どもたち7人とバベットさんが勢ぞろいした素敵な写真もシェアしていただきました。

その写真は、言葉で説明するのとはまた違う存在感、説得力を持って、私たちの胸に迫りました。子どもたちとも養親とも良好な関係を築くことができたのは、バベットさんご自身はもちろん、周囲の方々の並々ならぬ努力がそこにあるということを、写真が物語っていました。

このような経験を得た後、大学でソーシャルワークを学んだバベットさんは、現在は民間の養子縁組団体で、女性たちの相談に乗っています。過去に沈黙の時期を過ごしてきた自分自身に呼びかけるように、サポートし、声を上げていく活動を続けているそうです。

バベットさんは、養子からみて、生父母・養父母から愛され守られていると感じられるような、オープンに話せる関係をつくることは可能だと言います。関係者全員がサポートグループでありコミュニティであり、人生を形成する仲間であると思えるような養子縁組後の包括的支援を続けているとのことです。

真摯に、誠実に向き合うこと

講演の後半はこれからの支援に求められること、そして会場からの質疑応答の時間となりました。医療者や支援者など、現場からの切実な問に、ひとつひとつ答えてくださいました。

「若く初めての妊娠をした女性を前にした時、彼女は明らかに性教育が不足していたり、自分自身への無価値観を持っていることを念頭に置くべきである。親身であっても良かれと思っても、医療者の意思に従わせるのではダメだ」という話は、前段のバベットさんご本人のライフヒストリーも併せて深い説得力を持っていました。

「バースマザーという存在には、出産を経て初めてなる。目の前の女性はあなたの一人の患者さんとして、寄り添い、大切にされるべき存在である。出産の前にも後にも、守られた安全な場でのカウンセリングとサポートが必要である」という言葉には、たくさんの女性の声なき声が込められていると感じました。

質疑の中で繰り返しバベットさんが口にされた言葉、
「Just be honest」
真摯に誠実に相談者と向き合うことが大切だというフレーズは耳に残りました。

最後にバベットさんからいただいたメッセージは、私自身を強くしてくれるように感じました。

「人は日々過ちを犯す存在です。起きた現実をよりよい方向へと地に足をつけて変えていくことをしたい。みなさんとエンパワーしあいながら変化を作り出せたらと思います。」

無力だと思わずに、私には私のできることをしていこう。人との関わりの中でも、こうした発信の中でも。

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「産婦人科のための危機的妊娠の相談・支援と養子縁組」http://www.adoption.or.jp/information.html
主催:全国養子縁組団体協議会 共催:田中病院

講師:バベット・ロメロミラー
シングルマザー、クローズド・アドプション、オープンアドプションの経験があるバースマザー。その後、民間養子縁組機関において、危機的妊娠をした女性のカウンセリングを担当。現在は夫と子どもとアメリカ合衆国コロラド州に暮らす。

取材・文・撮影 高橋ライチ