【前編】週末・季節里親ってどんな里親さん?【前編】三日里親(週末・季節里親)・松本夫妻インタビュー

里親制度の中には、長期あるいは短期的にお子さんを迎え入れる養育里親や専門里親の他に、週末や年末年始、夏休みなどに家庭に迎え入れる「週末里親・季節里親」と呼ばれる制度があります。神奈川県の三日里親(季節里親)である松本素子さんは、三日里親になり16年とのこと。ご主人も交えて、これまでの里親経験についてお話をお聞きしました。

虐待事件を知り「私に何かできることを」

―素子さんが三日里親を始めようと思われたきっかけは?

松本素子さん:虐待死事件のニュースです。兄弟二人が裸同然でベランダに出されて亡くなったというテレビのニュースを見て、「なぜ? なぜ子どもがそんな扱いを受けなくてはいけないのか。近所の人は気がつかなかったのか?」と憤りを覚えました。私がもし近くにいたら、見て見ぬふりはしたくない。世の中ではそのニュースが忘れられても、「どこかで泣いている子がいるかもしれない……」という思いは私の頭から離れませんでした。

実子は男女の年子ですが、当時2歳と3歳でした。この年齢の子育てはたいへんな分、すごくかわいい時期ですよね。私は結婚前に父を亡くして家を追われるなどつらいこともありましたが、結婚後は子どもにも恵まれ幸せに過ごしていました。でも「幸せっていつどうなるかわからない、だからこそ今の幸せを大切にしなくては」と思っていました。

ちょうどそんなとき、夫が急病に襲われてしまいました。運良く大事には至りませんでしたが、その時に、自分もいつどんな困ったことが起きるかわからないのだから、親の病気や虐待などの理由により家で暮らせないお子さんがいるなら、その困った部分を少しでも引き受けるというか、何か自分にできることをしたいと思ったのです。

それと前後して、『里親激減』という大きな見出しの新聞記事が目に留まりました。当時は里親について何も知らなかったので、「里親と児童虐待にどんな関係があるのだろう?」と疑問に思ったので、勢いで児童相談所に電話で問い合わせてみました。すると、「ご説明するのでお越しください」となり、地域の児童相談所で里親制度についての説明を受けたのです。そして、夫に「やってみたい」と相談しました。

今も保管してある当時の新聞記事。

ご主人:私は自ら進んでというわけではありませんでしたが、妻がそこまでの思いがあるのなら、やってみようかと。虐待防止などに関心を持つのは大切なことですし、身内ながら行動を起こそうとするのは、たいしたものだなと思いました。夫婦で児童相談所に出向いて、面談をして、その後の研修も二人で参加しました。

―素子さんは建築のお仕事をなさっていらしたそうですね。

素子さん:建築士としても、子どものことをテーマにした団体に参加していました。「最近、子どもの居場所がなくなっている」などの問題意識を持って活動していた団体でしたが、そこには虐待を受けているお子さんに対しての視点はなかった。私の「虐待をなくしたい」という主張は、少し違和感があったようです。世の中も今よりは虐待問題に対して関心が低かったと思います。

私としては、遊び場などの物理的な居場所も大切だけど、なにか「心の居場所」のようなものが子どもにとって最も大切ではないか、という思いもあり、建築士としての仕事や活動より、里親になることの方に意識が向いていきましたね。建築士は私がやらなくてもたくさん人はいると思いましたが、里親は「激減」ということでしたし。

乳児院の赤ちゃんに教えられた

―里親研修ではどのような感想を持たれましたか?

素子さん:夫婦で受講した座学を終えて、初めて乳児院へ伺わせていただきましたが、そこで私はとてもショックを受けました。大勢の赤ちゃんがすやすやと寝ている。でも、この子たちの傍に「抱っこしていい?」とことわるべき親がいない……。

それまで、赤ちゃんは親に抱っこされて育つのが当たり前だと思っていましたし、私もおそらくそうやって育ち、育ててきた。でもそれは全員にとって当たり前ではないのだ、ということを突き付けられました。研修の時には入浴のお世話などもさせていただきながら、私はもの言わぬ赤ちゃんから、知らなかった現実を教えてもらったのです。

実は、その研修のときにお世話をした赤ちゃんのなかの一人が、我が家に里子として迎えているT君です。ほんとうに偶然ですけど、ご縁があったのだと思います。

―短期の里親には、週末里親など、いろいろな呼び方がありますね?

神奈川県は三日里親という呼び方ですが、週末里親や季節里親、ホームステイ里親など、地域で異なるようです。里親認定が必要な場合と、認定を受けていなくてもボランティアでできる場合など、資格も異なります。私たちは里親研修を受けて、養育里親としての認定を受けました。

私たちは里親認定を受けたので、「養育里親としてやってみる」ということも頭をよぎりましたが、児童相談所との面談のなかでは、実子が年子でまだ小さかったからか「三日里親をしてみませんか?」とのご提案をいただきました。

それと、インターネットで「里親日記」を綴っていらした里親さんにご連絡して相談してみたところ、その方さんから、「無理のない範囲でやったほうがいいよ」というアドバイスもいただき、三日里親として始めることにしました。

―どれくらい経ってからT君を迎えることになったのですか?

認定を受けてから約1年後、そのとき実子は小学校1年と幼稚園の年長でした。児童養護施設に行くと、2歳半のT君は私たちを見てきょとんとしていました。それから幾度か施設を訪ねて、2時間ほど他のお子さんも含めて一緒に遊んだりという交流を続け、そのうち私と一対一で遊んだり、近所のスーパーに一緒に買い物に行ったり。

外出できるようになると、近くのスーパーのエレベーターやエスカレーターで何度も乗っては降りを繰り返して楽しそうに遊んでいました。お出かけの最後に、アイスを買ってあげるとうれしそうな表情をして「このおばちゃんと居ると楽しいことがある」という認識をしてくれたように思います。このような2~3時間の交流を何度か経て、いよいよ我が家にお泊り、という段階を踏んでいきました。

交流期間中に驚いたのは、外食中に大人顔負けに食べてしまったこと。「大丈夫かな?」と心配しながらも与えていたら、施設に帰ってからお腹をこわしてしまったそうです。里親と外出することに興奮もあったのかもしれません。後日職員さんから聞いたのですが、何回か交流するうちに過食もなくなってきたとの報告に、私たちの小さな活動がT君の役に立てたことがわかりすごくうれしかったです。

実子が低学年のうちは、T君が我が家で過ごすのは年に4回ほど。お盆と年末年始、春休みなどに、1回につき2泊3日くらいでした。他には入園式などは参加しました。彼にとっては、児童養護施設の職員さんがママなので、うちに来るときは「顔見知りのおばさんち」という感覚でしょうか。幼いT君には、“里親”という意識はなかったと思います。

小学生になってからは運動会の応援に行きましたが、「来たよ~」と声をかけても、照れてプイッとあちらを向いたりしていましたよ。でも、私たちが自分をちゃんと見てくれているかどうか、目で追っているんです。その様子に、切なくなりました。

行事に参加した時の写真を見ながら。

行きたい場所に一緒に行くこと

―小学校高学年から中学生くらいは、どのような過ごし方でしたか?

2泊3日が基本でしたので、初日は私が施設に迎えに行って、「今日はどこに行きたい?」と、本人の希望を聞いてお出かけ。実子には「今日はT君のお母さんになるからね」と話しておきました。外出から戻って、家族みんなでご飯を食べて、翌日は家で過ごすなりして、3日目に施設に戻る。という感じです。

―この頃、どういうことを心がけて接していましたか?

ふだんの生活の場である児童養護施設では、集団の規則で縛られていることも多く、また、与えられること(受動)に慣れてしまい、実子と比べて、自らの意思表示が少ないと感じていました。ですから、なるべく「ああしなさい、こうしなさい」という指示はせずに、見守ること、彼が言い出すまで待つことを心がけていました。そのうち「こうしたい」「ここに行きたい」ということもでてきたので、それを一つ一つ実現させていきました。

具体的には「東京タワーというのがあるらしい」と知って、「行ってみたい」という気持ちが湧いたなら、表明してもらう。それを叶えてあげることで、「自分の夢や希望が叶った」という体験を積み重ねて「希望は叶う」という、自信の一つになるといいなと思いました。県内の遊園地とか公園やファミリーレストランなど、よく出かけしましたね。

ご主人:一緒に出かけるのは楽しかったですよ。最初のうちは何か話題がないと話が続かなかったけれど、だんだんお互いに慣れてきました。実子と一緒のときは区別なく同じように接しようと心がけました。あとは何気なく家で過ごす時間も大事にしましたね。

―お写真もご一緒にたくさん撮っていらっしゃいますね。

お正月はT君も一緒に家族写真を撮ります。主人の大学時代の友人と毎年GWに庭でバーベキューをしますが、その仲間にも入れてもらって、あとは一緒に海に連れて行ってもらったり、地域のお祭りでお神輿をかついだり、地域の子ども会のお楽しみ会に参加したり。

親戚の結婚式にも一緒に行きました。冠婚葬祭の経験も必要ですし、T君が「自分も結婚する」というイメージを持ってもらいたかったから。

お正月はT君も一緒の家族写真を撮る。

行事やお出かけのときの写真をなつかしそうに見せてくれる素子さん。

里親と里子は対等、家族はお互い様

―困ったことはありましたか?

中学2年生のとき、T君が施設に「里親を変えて欲しい」と言ったことがあるのです。私たちも驚いたのですが、それには理由がありました。実は彼がゲームにはまっている時期で、いつもゲーム機を持ってきて、お家でもゲームばかりしているから、「せっかく家で過ごすときにゲームを持ってこなくてもいいじゃない」と言ったのです。それが、すごくストレスになったみたいで。

このときは施設の職員さんとも話し合いました。「子どもの口からそういう意見が言えることは、里親と里子が対等な関係あるからなので、悪いことではありません」とは言っていただけました。そして、T君の本音は、「交流を絶ちたくて言ったのではなく、感情的になってしまったから」ということで事態は収まりました。

―そのほか、関係づくりで難しかったことは?

それが、あまりたいへんなことはなかったのです。ほかの三日里親さんのなかには、ご苦労があったというお話をお聞きすることもあるのですが。

課題としては、これからの自立を見据えて、お片付けや料理など、家庭生活の技術を身に付けることも大事かなとは思います。2年ほど前に、「T君はなぜここに来ていると思う?」と聞いてみたら、ちょっと考えて「お客さんかな」と言ったのです。

「正直だねー」と笑ってしまいました。確かにお客さん気分だったのでしょうね。ゴロゴロしてリラックスするのはいいのだけど、上げ膳据え膳にならないように、うちに来た時の生活を考え直して、「家族はお互い様の関係」ということを身に付けさせた方がいいかなと思っています。なので、最近は食後の片付けも一緒にしています。でも「大事にされている」ということは受け止めてくれていたみたいです。

松本さんのお家でT君がよく過ごす部屋。

後編へつづく

取材・文 林口ユキ 写真・長谷川美祈