トークセッション『隠された痛みとアートの可能性』第1回エンライト・ミーティングより

Photo by Natsumi Hisamitsu
Photo by Natsumi Hisamitsu

2月24日に開かれたエンライトの初めてのイベント『エンライト ・ミーティング』(会場:喫茶ランドリー)で、『隠された痛みとアートの可能性』と題し、3人のアーティストによるトークショーを開催しました。ゲストは特別養子縁組を題材にした短編映画『まだ見ぬあなたに』を撮影したばかりの映画監督・小澤雅人さん、虐待被害者に寄り添った写真集が海外で賞を獲るなど高く評価されている写真家・長谷川美祈さん、妊娠・出産を機に自身の虐待体験と向き合ったコミックエッセイ『母になるのがおそろしい』が話題の漫画家・ヤマダカナンさん。それぞれ異なる分野で活躍する3名に、アーティストならではの苦労や、創作をする上での心構えなどについて語っていただきました。

※この記事はトークショーの内容を一部編集して作成しています。

写真集『Internal Notebook』は読むためにひと手間かかる作りが特徴です。

長谷川美祈さん:写真集『Internal Notebook』は一昨年に手製で作成し、出版社を通さず66冊限定で刊行しました。虐待を受けて育った方々のインタビューと写真を載せていますが、敢えて簡単には内容が分からないように作りました。

虐待を受けた方は簡単に自分のことについて話せないし、こちらも簡単に踏み込めません。自分が知りたいと思って能動的にページをめくらないと彼らの言葉にたどり着けない。一歩自ら踏み込むという体験を、写真集の中でできればと考えて制作しました。

虐待と聞くと、先入観というか、ネットやテレビで見たことをステレオタイプに「かわいそう」とか「つらいよね」と分かったつもりになってしまいがちですが、一人一人背景は違うし、虐待の後遺症も違います。なので、彼らの昔のアルバム、メモや日記、大切にしていたものも撮影し写真集に入れました。彼らの人生や苦しみ、傷みを、見る側が想像力を働かせて写真の作り出すストーリーを読み解いていく写真集にしたかったんです。

Photo by Natsumi Hisamitsu

本日ご一緒に登壇していただいたヤマダカナンさんも撮影されていますね。

長谷川さん:カナンさんにもアルバムをお借りしたし、いっぱいインタビューさせてもらいました。カナンさんは8名のなかで唯一、ご自分から連絡して来てくれた方です。

カナンさんで印象的だったのが、「わたしは顔を出さない人の役をやりたい」と言ったことです。虐待された経験を公表するとき、誰しも顔を出せるわけではない。出せない人もいるし、話せない人もいる。それでも何かをやりたい。そんな人もいるはずです。だからわたしは顔を出さないというカナンさんの言葉はとても大事だと思いました。

ヤマダカナンさん:わたしは妊娠してから今まで見て見ぬ振りしていた自分の虐待問題に向き合いました。本を読んだりして勉強してみて初めて、自分の生き辛さのほとんどが虐待所以だということもわかりました。以前からよく悪夢を見ていたのですが、それがPTSDだということに長谷川さんと話していて気づきました。写真集には、それなら悪夢を見ているような感じにしようということになり、あのように手で顔を覆った写真になりました。

長谷川さんの写真集で知り合った橋本隆生さん、サクラさんと虐待当事者3名の発信や対話を目的とするinternaRebertyPROJECT(インタナリバティプロジェクト)を立ち上げましたが、ここでも、橋本さん一人が顔を出していて、わたしとサクラさんは顔を出していません。覚悟を決めて出している橋本さんと、出せないわたしたち。わたしの場合、子どもがいることも理由のひとつですが、多くの虐待被害者は顔を出せないと思うんです。虐待をある程度乗り越え前向きに生きている人や顔を出して活動している人を見て、「わたしにはできない」と自分を責めてしまう事があると思うのですが、乗り越えてなくても、顔を出さなくても活動はできることを知ってもらいたい気持ちもありました。乗り越えてないからこそ伝わることもありますし。

ヤマダカナンさん  Photo by Natsumi Hisamitsu

カナンさんが本を出し、長谷川さんの作品に出るようになった経緯をお聞かせください。

カナンさん:執筆に約3年かかったのですが、長谷川さんと出会ったのは本を出してすぐです。出版したことを機に虐待に関する活動をしたいと思っていたとき募集の告知を見つけてメールしてみました。長谷川さんのホームページやTwitterを見て、真剣にやっている方だと思ったので大丈夫だろうと。

『母になるのがおそろしい』を描くことになったのは、コミックエッセイ編集部の方と知り合ったことがきっかけです。それまでずっと山田可南名義でフィクションの漫画を描いて来ましたが、コミックエッセイを描いてみないかと言われ、引き受けました。何を描くか企画を出している中で、自分に母性がないという悩みを書いたら編集者の方が反応し、生い立ちに原因があるのではと指摘されたことから、虐待や母親との関係について描くことになりました。ずっと自分の生い立ちをいつか描きたいと思っていたのですが、どうしてもフィクションに落とし込むことができなくて、それならノンフィクションで描こうと決めました。

作品を発表したことでトラブルになったり、嫌な思いをしたことはありましたか。

小澤雅人監督  Photo by Miki Hasegawa

小澤雅人監督:トラブルは特にありませんが、『月光』が公開されたときはTwitterなどで悪く言われたこともありました。当初は傷ついたりもしていましたけど、今思うと可愛いものだったな、と。そんなことを気にしていたら何もできないので。

カナンさん:実はわたしは、『母になるのがおそろしい』を出したことを後悔しています。子どもが大きくなって見たら、ママ友が見てしまったらどう思うだろうって。

あと、これまで山田可南として20年フィクションを描いていたので、ノンフィクションを読んだ時イメージダウンしないかとかそんなことも考えていました。実際にはフィクションとノンフィクションの読者はほぼ別だったので、全く問題はありませんでした。また、自分の虐待問題に取り組み始めたのが35歳なのですが、20歳のときから自分の中の毒を漫画に小出しにしていたので、『母になるのがおそろしい』を読んだ人に、それまでのフィクションの作品も深読みされることなども懸念していましたね。そこは切り分けて読んでほしくって。

長谷川美祈さん  Photo by Natsumi Hisamitsu

長谷川さん:トラブルはこれまで特にないですね。撮影させていただいた8名が嫌な思いをするものにしてはいけないと思って作っていました。

そのために気をつけたのは、ただ虐待を受けてこんな風になりました、ではなく、その方の人生そのものの話を聞く、ということです。そこにわたしの脚色はいれないようにしました。だから、虐待されていた話ばかりではなく、良かったことも書かれています。その方の人生そのものは誰にも文句は言えないですよね。

わたしに対しては、この作品を作ることに関しての批判があるかもしれないと覚悟はしていました。虐待被害者の方につらい話をして貰ったり、写真に撮ったりと、写真を撮ることはある種、暴力的な行為だと思っているので。でも、実際にはトラブルは特になかったです。それは意外でした。

発表したことで、発見や出会いが訪れる

「想定外の良かったこと」や「自分の中のポジティブな変化」があれば教えてください。

Photo by Natsumi Hisamitsu

小澤監督:一つの作品を出したことによって、また違った別のテーマの作品につながって行くことが良いですね。『風切羽〜かざきりば〜』という、虐待を受けた18歳の男の子と17歳の女の子の映画を作ったとき、実地の調査があまりできておらず、書籍などを参考に作った部分がありました。そうしたら映画を観てくれた専門の方に、監督、ちゃんと現場を見て作ってくださいと言われてしまって。

その後、その方の紹介で児童養護施設やファミリーホームを見学させていただくことになったのですが、そこで性虐待を受けた女の子達に出会ったことで、性暴力被害者を扱った『月光』という次の作品につながっていきました。このように、観た人の感想や意見を聞くことで別のアイデアが生まれたりという相互作用はあると思います。そこがものづくりの面白さだと思います。

また、そういう風に捉える人もいるのか、そういう解釈もあるのかと気づかされることもあり、そこも作品をつくる上で良い点だと思います。以前、ギャンブル依存症の人物が出てくる『微熱』という映画を作りました。これは僕自身、パチンコ狂いの父親がいる家庭で育ったからなのですが、最初はそれがギャンブル依存症だとは気づいていませんでした。指摘されて初めて知ったのです。

長谷川さん:そういった意外な発見や気づきはわたしもあります。一昨年に写真展を開催した時に、虐待の被害に遭われた方々も多く来てくださいました。ある方からは、同じような経験をしたのが自分一人じゃないと分かって良かったという言葉を頂きました。そういう捉え方もあるんだと、反対に教えてもらうことができました。

小澤監督:僕の作品は家庭の機能不全や、家族の絆が危ういことで産まれた歪みや悲しみ、孤独を徹底して描いていますが、それは僕自身がそういった家庭環境に育ったことも関係しています。お二人もそうだと思うけど、自分の生育歴は作品に直結しているので、作品にすることによって、自分の中で整理がついたりすることも良い点だと思います。

長谷川さん:良かったことといえば、写真集を出したことで仕事が広がったこともその一つです。現在さまざまな媒体で仕事をしていますが、虐待問題や女性問題など、一般的には撮りづらいと思われるような企画を依頼されることが増えました。

Photo by Natsumi Hisamitsu

『Internal Notebook』はこの夏にイタリアの出版社から出版されるそうですね。

長谷川さん:『Internal Notebook』は海外のダミーブック(写真家自身が手作りの本の形で表現するもの)のアワードで特別賞を獲ったことがきっかけでイタリアの出版社から7月に英語・日本語併記で出版されることになりました。

こういった写真のコンテストやアワードは海外では盛んですが、日本にはありません。複雑な写真集を日本で出版しようとすると、実現が難しいのですが、イタリアの出版社CEIBA editionsの場合、良いと思ったダミーブックをできる限りそのままに、また写真家と共に話し合いながら制作を進めてくれるので実現することができました。こういうことも、まず作品を作らなければチャンスさえもなかったのだと思います。

長谷川美祈写真集「Internal Notebook」CEIBA版の事前予約販売がはじまっております。詳細、ご注文はこちらかのリンクからお願いします。 http://reminders-project.org/rps/internalnotebook_ceibasalejp/

カナンさん: さっき後悔していると言いましたが、本を出したことで長谷川さんや小澤監督をはじめ理解者や支援者、当事者の方と出会えたり新しい仕事につながったことは良かったと思っています。

変化といえば、ノンフィクションはもう描かないと思いますが、山田可南のほう、フィクションで母と娘の確執のようなものを描きました。私は創作を大事にしているので、これまでは自分の実体験をフィクションには入れ込まないようにしていました。滲み出ることはあるだろうけど、意図してやろうとは思わなかったんです。けれども今は開き直って、フィクションのほうにも実体験を混ぜ込んでいくようになりました。

ヤマダカナンさんのコミックエッセイ『母になるのがおそろしい』(KADOKAWAメディアファクトリー)  Photo by Natsumi Hisamitsu

わだかまりを出すことでヒントになる

デリケートなテーマを扱う際の心構えはありますか。

長谷川さん:実際に虐待を受けた方に取材したり撮影する場合、虐待に対する知識や法的なこと、現在の社会の仕組みも知らずにいきなりインタビューしても、うまくいかないし、そもそもコンタクトを取ることすらできないと思います。

何を目的にしてその方々につらいお話をしていただくのか、さらに写真まで撮らせていただくのか、きちんと言葉にしてお伝えしないと非常に失礼なことになってしまう。わたしも最初のうちそれを、知識もないのにやろうとしていました。でも結局、お願いすることすらできませんでした。踏み切れなかったですね。

それで、まず勉強をするところから始めました。あの本は完成までに3年かかっていますが、そのうちのほぼ2年は勉強したり、インタビュー前に実際に起こった事件の現場をまわってみたり、裁判を聴いたりというリサーチの時間です。時間をかけて勉強し、自分の中である程度すとんと知識が入ったときに出会っていくことができました。

他の方に尋ねたいことはありますか。

小澤監督:映画ってなかなかお金にならないので、普段は別の仕事をしている人も多いんです。自分の創作と収入の問題を、お二人はどうバランス取っていますか。自分のやりたくない仕事もやっているのでしょうか。

Photo by Natsumi Hisamitsu

長谷川さん:作品とはかけ離れた撮影の仕事もやっています。収入は必要なので引き受けます。でも、行ってみると勉強になることも多いんです。

そういう仕事はクレジットも出なかったり、いつ出たのかも知らされなかったりするんです。けれども、そういう仕事をやることで、自分のなかの緩急もつくし。重いテーマのものばかりだと、向き合い過ぎてバランスが悪くなっているかもしれませんし。作品とは関係のない仕事をすることも悪くもないのかなと、ポジティブに考えてやっています。

それに、そういった仕事で会った人に、普段どういうものを撮ってるんですか? と聞かれて、虐待の…と話すと、意外に話が弾んだり。啓発にもなりますし、人と出会うことだけでも、いいことだと思いますね。

カナンさん:わたしはデビューして20年なんですけど、10年目くらいまではけっこう編集さんのリクエストに応えながら描いていました。本当は毒100%みたいなものを描きたかったけど、それだと売れないし会議にも通らないので毒を1%に薄めて描いたりして。けれどもある時、いつまで漫画を描き続けられるんだろう? 漫画家に定年はないけど、あと10年くらいしか描けないかもしれない、と思ったときに、自分の描きたいものを描かないと意味がないと思ったんです。描きたいものも描かずに漫画家人生が終わってしまったら嫌だなと。

なので、30歳くらいから強い意志を持ってシフトしていきました。だから今は自分の描きたいものしか描いていません。今は表現したいことを突き詰めて描いています。今更、漫画の描き方がわかってきた感覚があります。

求められるものから描きたいものへと移行する間、仕事がなくなるなどの苦労はなかったのでしょうか。

カナンさん:最初は不安でしたが、ありがたいことにそれはなかったですね。割とスムーズにシフトできました。

著書にサインと共に自身の似顔絵を描くカナンさん  Photo by Miki Hasegawa

自分が抱える問題にフォーカスを当てた創作活動をしたいと考えている人にアドバイスがあれば。

カナンさん:わたしからは「迷ったらやめたほうがいい」です。わたしはちょっと後悔しているので。ノンフィクションはフィクションと違って言い逃れが出来ませんから、批判は全て自分に跳ね返ります。例えば「浅い」とか言われたことがあるんですが、事実を描いてるだけなのに「自分の人生は浅いのか」と若干落ち込みました。

あとは『母になるのがおそろしい』ではない作品ですが、演出上、脚色を強めなきゃいけなくなった時に、嘘をついてるような罪悪感がありました。ノンフィクションは難しいと感じます。

長谷川さん:社会的な問題で苦しみを持っている人のことを表現したいと思っているなら、是非やってもらいたいです。ただし、最後までやりきるべきだと思います。中途半端に終わらせないこと、必ず、ご協力していただいた方と密に連絡を取って、こういう表現にしようとか、こういうところで展示しますよと、伝えること。協力していただいた方の知らないところで絶対に作品の発表をしないことは大切だと思います。

協力して下さった方々と一緒に作っていくことがわたしは好きです。そうすればお互いに高め合えると思いますし。それが正しいやり方かどうかはわかりませんが、わたしはそうしていきたいと思います。

小澤監督:ドラマで自己開示劇というんですが、自分の生い立ちなどを開示することによって、トラウマ的な事件から距離を置くことができるんです。日本ではそれほど多くないかもしれませんが、海外では自分の生い立ちを映画化することは多いです。

僕もギャンブル依存症の映画を作ったことで、自分個人に対する発見もありました。わだかまりのあることを作品にして自分の中で整理すると、過去に起こった出来事を別の目で見ることができるようになります。公開するかどうかは別として、何かしらの形で自分の中から出してみることは、いいヒントになると思います。

会場となった「喫茶ランドリー 両国・森下本店」 http://kissalaundry.com  Photo by Miki Hasegawa

(プロフィール)
小澤雅人
映画監督。1977年生まれ。  おもな作品に児童養護施設から脱走した少女と少年の一夜の逃避行を描いた『風切羽〜かざきりば〜』(2013年/第14回全州国際映画祭インターナショナル・コンペティション作品賞受賞)、性暴力被害者の苦しみを描いた『月光』(2016年/第32回ワルシャワ国際映画祭インターナショナルコンペティション部門正式出品)など。

長谷川美祈
1973年生まれ、神奈川県在住。数年間設計士として勤務した後、写真家として活動を始める。作品 『Jewels』がLensCulture  Emerging Talents 2014  Top 50に選ばれ、高い注目を集める。2017年、手製本『Internal Notebook』がオランダのUnseen Dummy Award、イタリアの国際写真祭PHOTOLUX主催によるPHOTOBOOX AWARD2017で特別賞を受賞。各国の写真集関係のフェアなどにも選出されるなど、世界中で評価を得ている。

ヤマダカナン
大阪府高槻市出身。98年「山田可南」名義でデビュー。代表作に『澤飯家のごはんは長男の光がつくっている。」(幻冬舎)、『親友いないの誰?』(集英社)コミックエッセイ『母になるのがおそろしい』(KADOKAWAメディアファクトリー)など多数。女性誌や青年誌など幅広く執筆。

構成・文/水谷美紀  写真/長谷川美祈 久光菜津美